――本部にて――
ホタル
失礼します、キリツボです。
ガジロをお願いできますか?
(本部地下にある機功部のフロアにて)
(取り次ぎを受けガジロが来る)
ガジロ
どうした?
ホタル
少しお話があります。
(にーっこり笑って手招き)
ガジロ
なんで敬語なんだよ……。
(招かれるまま付いて行く)
ホタル
新人研修の件で、ガジロサンに聞きたいことがあるので。
(エレベーターに乗り込んでガジロを待ち、三階のボタンを押す)
――本部3階 会議室にて――
ホタル
はい、どうぞ。
そちらにかけてください。
(扉を開いてその場に立ったままガジロを促す)
ガジロ
その前に用件を教えてくれ。
(扉の前で立ち止まったまま聞く)
ホタル
ここでは言えません。
(視線で廊下を示してから入室を促す)
ガジロ
……わかったよ。
(諦めて入室する)
ホタル
はい、ありがとうございます。
(ガジロの着席を見届けてから扉を閉じて正面に腰掛ける)
ホタル
お疲れさまー。
ねぇ、リンクンの講習について一度聴き取りを受けてるよね?
ガジロ
さっきまでの敬語はなんだったんだ……。(ほっと息をつく)
聴き取り?
ホタル
気になるなら、あとで説明するよー。
うん、聴き取り。カゲさんからあったでしょ?
ガジロ
あー。尾久の研修の件な。あれは無実が証明されたはずだ。
ホタル
そうだね、だから誤解だろうとは思うんだけど。
ちょっとこれを聞いてもらえる?
(スマートフォンを取り出して音声を再生。ミッションの確認について話すルヒトの声が流れる)
……すごく誤解されやすい事態になってるんだよね。
『ペアのフォローのおかげで達成してるかもしれないから、私自身の技量を確認するそうです』
ガジロ
……? どこがおかしいんだ?
『――研修ですよ? そりゃあ随分恥ずかしい思いはしましたけど、とにかくこういうのは経験だって。』
ホタル
あー、良かった。そういう認識だね。
その上で念のために聞くけど、リンクンに手を出す気はないよね?
(音声の再生を停止する)
ガジロ
はあ?!
手ぇ出すってなんで、今の全然そんな話じゃなかったろ?!
ホタル
うん。今の話はね。
ここに至るまでがちょっと際どかったけど。
言ったでしょ、念のためだよー。
ガジロ
待て待て待て、際どいってなんだ。あいつ何を喋ったんだ?
ホタル
サギリがリンクンに出した恋人ミッションのことなんだけどね。
「恋人しかしないこと」は何かを聞かれたんだよー。初心すぎるよ、伝わってないよ。
ガジロ
ああ? 「恋人しかしないこと」を調べろなんて一言も言ってねえぞ?
カップルを装えつったから、大方恋人っぽく見える要素を知りたかったんだろうよ。
そっから何がどうなって俺があいつに手ぇ出す話に繋がったんだ?
ホタル
ああ、そこまでは言ってないんだね。
「恋人しかしないこと」も聞く相手を間違えたらセクハラになるかもしれないから……。
ハチクンにも指導が必要なことは前提なんだけどさ。
結果的にハチクンが誤解しちゃって、僕もぎょっとしちゃった。
あ、手を出すなって話ではないよ、プライベートなら干渉しないからさ。
けど、研修中とか講習の形でっていうのはよくないから一応の確認ね?
ガジロ
……あー、そういうことか。性的な回答を期待してそれを聞いたならセクハラだな。
あいつの場合は頭ん中にそれがねえから思いついてもいなかったと思うぞ。
引き出しに「手を繋ぐ」とか「腕を組む」とか、そういうのしか入ってねえんだわ。
だからまずそのへんの知識を詰め込んだつもりだったんだがなぁ……どうすっかなぁこれ……。
ホタル
うん、リンクン当人についてはそうだろうね。
サギリにもそのつもりがないことは確認できたし、そこは良いんだけどね。
ただ、分かってない子に『まずは経験』っていうのは、ちょっと誤解を招きかねないでしょ?
ガジロ
話題に慣れるんだからそういう話をする経験はいるだろ?
……まだ何かすれ違いがありそうか?
ホタル
うーん。この場合、僕から言えることは、言葉は正しく使いましょう、ってことくらいかなー。
確認なんだけど「恋人同士でしかしないことで経験を積む」って言われたら、ちょっとぎょっとしない?
ガジロ
そうだけど俺はそれ言ってねえんだって。外であいつが出来る振る舞いの範囲で経験積むって話だよ。
そこは尾久には伝わってたと思ってたんだが、言い方ぁ……。
ホタル
うーん、そうだね。言い方だよねー。
僕もちょっと困っちゃってさ、余計なことを言いそうになっちゃったもの。
今回の件はサギリの認識も分かったから、当事者間では問題ない範囲なんだけどね。
ガジロ
ホタルにも手間かけさせたな。悪い。俺が甘かった。
カゲカッさんと立て続けでこういうことがあったんじゃあな。次は無いように指導する。
ホタル
僕はいいんだよ、大丈夫だってことはこの確認で分かったしね。
むしろ、時間取らせちゃってごめんねー。
講習内容については問題ないってことで、僕からも上に伝えておくよ。
ガジロ
いや、伝えてくれて助かった。このまま放っておいたら……恋人役探しで大惨事が起こりかねなかった。
上の方は頼むわ。
ホタル
第三者が聞いたら、さすがに大惨事だよねー。
上は任せて。静かにしておいてもらうから。
それでちょっと聞きたいんだけど……その講習ってさ、ハチクンも参加できるかな?
ガジロ
構わない。
八雲はまだマシかと思ったが、尾久と似たようなもんなのか?
ホタル
リンクンよりリアクションが小さくて目立たないけど、恥ずかしくて照れるみたい。
それと経験はありそうなのに察しが良くないというか、良すぎるというか、なんだよね。
ガジロ
察しがいいこともあんのかよ。
目立たないっつか、なんでもないように振る舞えるんなら照れる感覚はそのまま置いといていいんじゃねぇの?
問題は察しが悪いパターンか。
ホタル
そうなんだよー。察しが悪いときは、傾斜の強い下り坂みたいにとことんどっかいっちゃうんだよね。
ブレーキパッドがかなり薄い感じがする。
照れ自体は良いとしても、そこを改善できないかなーと思って。どうかな?
ガジロ
話題に限らず話の論点から離れちまうってことなら別講義だ。それでもいいか?
ホタル
僕の見立てだと、オトナ部門の察しがダントツ悪そうなんだよ。だから、まずはそっちをお願いしたいかなー。
こういう話の場合はこう着地する、って伝われば応用は利くはずなんだ。
リンクンとの会話で学習が強化されるきらいもあるから、同時に受ける方が効果的かと思ってさ。
ガジロ
なんでそこだけ急に察し悪くなるんだよ……。
会話の裏を読むのが苦手そうだな。八雲の真っ直ぐなとこは嫌いじゃねえんだが。
ホタル
そう、良いところでもあるんだけど、言葉の裏を読んだ駆け引きが苦手そうなんだよね。
そのあたりはリンクンの方が上手そうだね。もうちょっと耐性が必要かもしれないけど……。
ガジロ
ホタルも講師を……やる暇はねえよな。わかった。引き受ける。
ホタル
あっ、本当? 助かるよー! ありがとう。
ガジロ
あとで八雲のスケジュール送ってくれ。
ホタル
うん、送っておくよー。
これじゃ、今日はここまでかな? また飲みに行こうねー。
ガジロ
飲みにはいかねえ。(席を立つ)
ホタル
えー、いいじゃない。また行こうよー。
(ガジロを追いかける形で席を立って扉の近くへ)
――では、ガジロサン。お疲れ様でした。ご協力ありがとうございます。
ガジロ
それ! なんで敬語?
ホタル
うん? ああ、サギリは既にカゲさんから聴き取り受けてるでしょ?
同じことが複数回発生したら、信憑性が高いように思われちゃうかもしれないからさ。それは阻止しないとね。
(緩く笑ったあと、扉を開いてガジロを促す)
――今回は私が事実確認の上、『問題ない』と判断しました。新人教育に関しては私が責任を取ります。
ガジロ
(小声)ああ、わざと呼び出しをアピールしてんのか。正式に事実確認を完了させておけば、もし今後尾久がなんかやらかしても問題ないことがはっきりしてるから惨事を回避できる。
飲みの日決まったら連絡くれ。
ホタル
……はーい。
(きょとんとしたあと、ぱっと顔を明るくしてからお見送り)
